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2013年12月22日(日)00:55(+0900)

古代から現代までの日本語音での百人一首ランダム読み上げ

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最近、小倉百人一首を昔の日本語の発音で詠んでみたらどういう感じだろう、できれば百人一首のカルタを昔の日本語の発音でしてみたい、と思ってました。で、それを実現すべく、このところはyoutubeに昔の日本語の発音での百人一首ランダム読み上げをちょくちょくupしていました。

さて、この度、前回の日記「いろは歌で追う日本語の音変化の歴史」で紹介した各時代(古代、上代、前期中古、後期中古、前期中世、後期中世、近世、現代)について、百人一首のランダム読み上げをyoutubeにひととおりupしたので、ここでも紹介することにします。

古代日本語

ここでいう「古代日本語」は、奈良時代より前の、6世紀~7世紀の古墳時代後期~飛鳥時代の日本語を想定しています。

古い時代の日本語では、「は行」の音が現代日本語の半濁音にあたる「パ行音」で発音されていたことが、様々な証拠からほぼ確実視されています。「は行」は「パ行音」から「ファ行音」を経て、現在のような「ハ行音」になりました。

「さ行」は、摩擦音ではなく破擦音、つまり「ツァ行音」または「チャ行音」であった可能性が高いとされています。これは、日本語の「さ行」をあらわすのに、当時の中国での漢字音(中古音)で破擦音の漢字が使われている割合が高いためです。ただし、摩擦音の漢字も使われており、当時から摩擦音、つまり「サ行音」ないし「シャ行音」であったのではないかとの見方もあるようです。ここでは「チャ行」説を採用しています。

「た行」は、現代日本語では子音にtとtsとchの入るやや不規則な発音になっていますが、昔の日本語ではそのまま「タ、ティ、トゥ、テ、ト (ta, ti, tu, te, to)」だったとされています。

「や行」は、本来は「ヤ、イ、ユ、イェ、ヨ」だったとされています。ここで「や行のえ」は「イェ」と発音し、「エ」と発音されていた「あ行のえ」とは区別されていました。「や行のえ」と「あ行のえ」は万葉仮名では区別されていましたが、ひらがなが成立した時には既に両者の区別は消滅しており、ひらがな・カタカナの体系に「や行のえ」をあらわす文字は存在していません。ただし、起源的にはひらがなの「え」は「あ行のえ」をあらわす万葉仮名に、カタカナの「エ」は「や行のえ」をあらわす万葉仮名に由来するようです。「や行のい」については、「あ行のい」と区別されていなかったようです。

「わ行」は、本来は「ワ、ウィ、ウ、ウェ、ウォ」のように、「ゐ」と「ゑ」がそれぞれ「あ行」の「い」、「え」とは区別されていました。「わ行のう」については、「あ行のう」と区別されていなかったようです。

現代日本語の母音は「あ、い、う、え、お」の五つですが、昔の日本語の母音の数については様々な説があります。最も有力な説は、イ段、エ段、オ段の一部が二種類に書き分けられている「上代特殊仮名遣い」に基づいて母音が八つあったとするもので、一時はほぼ定説とされるほど有力視されていました。しかし、この八母音説にも現在では異論・反論がいろいろとあり、昔の日本語は逆に今よりも母音が少なく四母音、あるいは三母音だったのではないかという説もあるようです。ここでは、現代日本語と同じ五母音にしています。

清音と濁音の区別は昔の日本語にも存在しており、万葉仮名では両者は別の文字として書き分けられました。後に成立したひらがな・カタカナでは両者は同じ文字になっていますが、これは日本語が変化したのではなく、中国の漢字音の変化を反映したもののようです。詳しくは「日本語では清音と濁音がなぜ同じ文字か?」をご覧ください。また、半濁音という概念は存在しませんでした。

現代日本語にある長音、促音、撥音、拗音は、昔の日本語には存在していなかったとされています。

上代日本語

ここでいう「上代日本語」は、奈良時代(8世紀)の日本語を想定しています。

古くは「パ行音」で発音されていたとされる「は行」は、後に「ファ行音」に変化し、さらに現在の「ハ行音」になりましたが、「パ行音」から「ファ行音」になった時期については、奈良時代との説が有力なようです。ただし、奈良時代はまだ「パ行音」で平安時代に「ファ行音」になったとの説もあるようです。ここでは「は行」は「ファ行音」にしています。他の部分は上記の「古代日本語」と同じにしています。

前期中古日本語

平安時代初期に、日本語の表記体系として現在につながるひらがなが成立しました。(ただし、明治時代以前のひらがなは多くの異体字を含んでおり、現代のひらがなとはやや様相を異にしていました。)前期中古日本語は、このひらがなが成立した時代の日本語であり、ひらがなは前期中古日本語の音体系にあわせて作られた文字と言えます。当時の日本語は、「ひらがなの通りに」に発音していたことになります。

上代日本語と前期中古日本語の違いは、「上代特殊仮名遣い」が消滅したことと、「あ行のえ」と「や行のえ」の区別がなくなったことです。「あ行のえ」と「や行のえ」は、いずれも「いぇ」の音になったとされています。

ここでは上代日本語でも母音は五つとしているので、上代日本語との違いとしては「あ行のえ」の発音を「え」→「いぇ」としています。なお、小倉百人一首にある「え」のうち、「あ行のえ」は「えやはいぶきの」の最初の「え」のみで、他はすべて「や行のえ」なので、上代日本語との違いはここのみです。

後期中古日本語

平安時代も中期(12世紀頃)になると、日本語にも平安時代初期とは変化が生じ、必ずしも「ひらがなの通りに」発音しなくなります。

前期中古日本語と比べた後期中古日本語の大きな変化は、語中の「は行」が従来の「ファ行音」から「ワ行音」になったことです。「母」など一部の単語では、語中でも「は行」が「ファ行音」のままとどまりました。

このほかに、「あ行のお」の発音が「ウォ」になり、「わ行のを」(ウォ)との区別がなくなったようです。

前期中世日本語

平安時代末期の12世紀になると、日本語は平安時代初期の中古日本語よりも鎌倉・室町時代の中世日本語との共通点が増えてきたようです。前期中世日本語は、平安時代末期から鎌倉時代にかけての日本語で、小倉百人一首が編纂された頃の日本語と言えます。

「さ行」については、中古日本語以前の日本語でどう発音されていたかは諸説あるようですが、中世日本語では「サ、シ、ス、シェ、ソ」と発音されていたとする説が有力です。後期中世日本語では、外国語の資料等から「サ、シ、ス、シェ、ソ」説がほぼ確実視されています。

また「わ行」の「ゐ」「ゑ」が、「あ行」の「い」「え」に合流し、後期中古日本語で「お」に合流した「を」とあわせて、「わ行」で独自の音価を持つのが「わ」のみになります。当時の「あ行」は「ア、イ、ウ、イェ、ウォ」だったとされており、「わ行」の発音は「ワ、イ、ウ、イェ、ウォ」になりました。

日本語の音素として撥音の「ん」が定着したのもこの頃だとされているようです。

後期中世日本語

室町時代から戦国時代にかけての日本語が後期中世日本語になります。

「た行」の発音は、本来はそのまま「タ、ティ、トゥ、テ、ト (ta, ti, tu, te, to)」でしたが、この頃「ティ」と「トゥ」が破擦音化し、現在のような「タ、チ、ツ、テ、ト (ta, chi, tsu, te, to)」になったようです。また、日本語には本来は長音がありませんでしたが、この頃に「エウ」を「ヨー」と発音するようになるなど、長音が生じてきたようです。

近世日本語

17世紀の江戸時代初期の日本語が近世日本語です。この頃になると、日本語の発音体系も現代とあまり変わらなくなってきました。

近世日本語では、それまで「サ、シ、ス、シェ、ソ」だった「さ行」の音が、「せ」の音が変わって現在と同じ「サ、シ、ス、セ、ソ」になりました。この「せ」の「シェ」→「セ」の音変化は、関東では後期中世日本語の頃に既に起こっていたようです。

また、主に語頭に残っていた「ファ行音」で発音する「は行」が、この頃現在と同じ「ハ行音」になりました。

このほかに、「ウォ」と発音していた「お」「を」も、現在と同じ「オ」の音になりました。

近世日本語と現代日本語の発音体系の違いは、「え」「ゑ」を「イェ」と発音していた点のみです。これらが「イェ」と発音されていた事実は、この頃外国語に取り入れられた日本語由来の単語で「え」や「ゑ」にあたる部分が「YE」と綴られていることに名残りをとどめています。

現代日本語

「イェ」と発音していた「え」「ゑ」は、18世紀の江戸時代中頃から現代と同じ「え」と発音されるようになり、19世紀頃には日本語の発音体系は現代日本語と同じ形になったようです。

なお、ひととおり作成した各時代の日本語音での百人一首ランダム読み上げですが、諸般の事情により、実際にこれらを使って百人一首のカルタをする機会は今のところまだ得られていません(汗) うーん、お正月前に一回くらいは。。。

参考

  • Wikipedia