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2013年8月14日(水)23:08(+0900)

オマル・ハイヤームのルバイヤート(我も君も久遠の謎を)

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創世の神秘は君もわれも知らない。
オマル・ハイヤームのルバイヤートより。

前回に続き、今回もオマル・ハイヤームの四行詩集(ルバイヤート)の紹介です。

ハイヤームの「酒」以外の詩

ハイヤームの詩と言えば酒の愉しみについての詩というイメージが強く、酒が出てこなくても現世における何らかの快楽について詠んでいるものが多くあります。ハイヤームがそれらの詩で現世における快楽を讃えたのは、この宇宙の中での人間の非力さ、無常さへの嘆きから逃れるためであり、また現世での禁欲と天国での快楽を説く宗教への不信感からですが、ハイヤームの詩では、これらの快楽を求めるべき背景についても、多くの場合同じ詩の中で直接的に詠まれています。

一方でハイヤームには、「快楽を求めるべき背景」という形式的に間接的な形でではなく、直接のテーマとして宇宙に対する人間の非力さ、無常さを詠んだ詩も多くあります。飲酒を讃えた詩においても飲酒をすべき理由としてこれらのことが詠まれていることを考えれば、ハイヤームの思想はこれら飲酒や快楽の表れない詩にこそ全面的に出ていると言えるでしょう。

現在、「ハイヤームと言えば酒」というイメージがあるのは、ひとつには「飲酒が禁忌であるイスラム圏において飲酒の愉しみを詠んだから」ですが、当時のイランにおいては、イスラム教の指導者(当時のイランではスンニ派が主流)こそ飲酒を咎めていたものの、王侯貴族から庶民に至るまで様々な思惑の下で公然と飲酒を行っていたようで、現在の(イランを含む)一部イスラム諸国であるような、飲酒が見つかれば逮捕、最悪死刑もありうる、というような状況におけるアンダーグラウンドな飲酒とは様相を異にしていたのではないかと思います。

イスラム教で飲酒が禁忌とされていることは、ハイヤームの詩を読む上で知っておくべきことではありますが、イスラム教における禁酒は、ハイヤームの思想にとって必然的にぶつかる障壁の一つではあるものの、同時にあくまで数ある障壁のうちの一つでしかないでしょう。仮にイスラム教の教義に禁酒が無かったとしても、ハイヤームの世界観やイスラム教に対する姿勢にはそう変化は無かったのではないかと思います。

いずれにせよ、ハイヤームが飲酒を讃えた背景には、自然への深い知識に基づく、この宇宙に対する人間の非力さ、無常さへの嘆きがあります。冒頭の詩は、酒を介さずにその嘆きを直接のテーマとして詠んだ詩の一つです。

我も君も久遠の謎を知るを得ず

ということで、今回も冒頭に掲げた詩の紹介です。

まずはアラビア文字(ペルシア文字)、日本語訳、発音(ローマ字、カタカナ)を載せます。

اسرار ازل را نه تو دانی و نه من
وین حرف معما نه تو خوانی و نه من
هست از پس پرده گفتگوی من و تو
چون پرده برافتد نه تو مانی و نه من
創世の神秘は君もわれも知らない。
その謎は君やわれには解けない。
何を言い合おうと幕の外のこと、
その幕がおりたらわれらは形もない。
(小川亮作訳、出典:青空文庫
asrār-e azal rā na to dānī o na man,
vīn harf-e mo`ammā na to khānī o na man,
hast az pas-e parde goftogū-ye man o to,
chon parde bar-oftad, na to mānī o na man.
アスラーレ アザル ラー ナ ト ダーニーヨ ナ マン、
ヴィーン ハルフェ モアンマー ナ ト ハーニーヨ ナ マン、
ハスタズ パセ パルデ ゴフトグーイェ マノ ト、
チョン パルデ バロフタド、ナ ト マーニーヨ ナ マン。

以下に、単語の解説を逐語訳とともに載せます。

asrār-e azal rā na to dānī o na man,
永遠の神秘(asrār-e azal)を、お前(to)も知ら(dānī)ない、私(man)も。
asrār(複数形)秘密、神秘。-e《接辞(エザーフェ)》「A-e B」で「BのA」。azal 永遠、太初。rā《後置詞》~を。na(否定)、「na ~ na ~」で「~も~も...ない」。to《人称代名詞》お前。dānī《二人称単数》お前は知っている。o《接続詞》そして、~と~。man《人称代名詞》私。
vīn harf-e mo`ammā na to khānī o na man,
そしてこの(īn)謎の言葉(harf-e mo`ammā)を、お前(to)も読ま(khānī)ない、私(man)も。
vīn=va īn; va(=o)《接続詞》そして、~と~。īn《指示詞》この。harf 文字、言葉。mo`ammā 謎。khānī《二人称単数》お前は読む。
hast az pas-e parde goftogū-ye man o to,
カーテンの後ろで(az pas-e parde)、私(man)とお前(to)の会話(goftogū)がある(hast)。
hast《三人称単数》ある、存在する。az pas-e parde カーテンの後ろで(az《前置詞》~から。pas 後ろ。parde カーテン、幕)。goftogū 会話、会談。-ye(=-e)《接辞(エザーフェ)》「A-ye B」で「BのA」。
chon parde bar-oftad, na to mānī o na man.
カーテン(parde)が消える(bar-oftad)と、お前(to)も残ら(mānī)ない、私(man)も。
chon《接続詞》(chon ~)~の時、~のような。bar-oftad《三人称単数》廃止される、消滅する。mānī《二人称単数》留まる、残る。

最後に、今回も拙訳による短歌を載せます。

も君も
久遠くをんの謎を知るを得ず
しばし語れどはや土の中

今回の詩は、前回紹介した現代イランの詩人アフマド・シャムルーによる朗読および歌では、冒頭で読まれています。

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2013年8月14日(水)

人文科学,文学,オマル・ハイヤーム,ペルシア語